2011年10月20日木曜日

1020曇り

夕方5時半の写真です。
作業するのに最も良いこの季節はどんどん陽が短くなる。
俺とて焦ります。
今日は朝三十分早く作業をはじめてみた。
身につくかしら。

2011年10月19日水曜日

1019曇りちょい寒

本日は一人打ち。
地下でコンクリートを練って特性オカモチにセットしウインチで巻き上げるんだけど、
今日数年使った特性オカモチがボコッと壊れた。
作り直しかな。
写真のこれです。
コンクリートを盛った箕が4個入る優れモノです。

2011年10月18日火曜日

1018曇り、晴れ

明日打つ所です。
予定では6バッチほど。
左官仕上げがあるので後半の作業に時間がかかります。
バッチリにダンドったつもり。ミスがなければちゃんと終わる、はず。
OKA46頑張りやっす。

2011年10月17日月曜日

1017晴れ

やっと安全帯を買った。
ちょっと良いやつ9800円。
ベルトは飛行機の座席ベルトのようにワンタッチでカシャッと締まる。
足場にぶら下げといて足場に行く時にだけ腰にまく。
だんだん高くなってきた。落下など絶対あっちゃいけない。

2011年10月16日日曜日

1015深夜バス

脇坂信吾
高専からの親友、15からだから30年越え。
今日(1015)死んじゃった。
高専のある先生が卒業間近なころ授業中に言った「私は20年高専で文学を教えてるけど、脇坂君、あなたが一番理解してくれた学生だった」
脇坂の才能を信じていた僕は何度も言った「会社なんかやめちまえ!」
何ヵ月もしつこく言った。
脇坂は何ヵ月も悩んで「岡ゴメン、俺は貧乏が怖い。詩に自分の人生を賭けれない」と泣きながら伝えてくれた。
そのあと脇坂は仕事に頑張って独立を果たした。
癌だとわかった数年前「無理した。ストレスが大き過ぎた」と笑った。
死んで病室で脇坂を囲って数時間ご両親とたくさん脇坂のことを話した。とても良い時間だった。
「岡の家が見たい」と言ってた人がまた一人死んだ。
ごめんなさい。

2011年10月15日土曜日

1015雨、新幹線

丹下健三。
日本の国を背負って立ったような建築家。
モダニズムを日本に広く定着させ、一貫した強い論理を建築の隅々にまで行き渡らさせ「正しさ」を感じずにはおれない王道な建築家。
大江宏。
丹下の東大同級生、ライバル。大江はスロースターターで若い頃から爆進する丹下を意識し、丹下には無い建築を目指した。
丹下の生真面目で固い感じをヒョイとかわし、粋で遊びがある気ままな?表現に達している。
磯崎新。
丹下の弟子だけど早くに独立。80過ぎの高齢にも関わらずオシャレさん、頭脳明晰。
丹下の未来を決定するような「計画」という概念に異を唱え、未来に問題意識を投げかけるような「プロジェクト」が重要と説く。

大江も磯崎も、丹下健三という巨匠を基点にし思考した建築家なのだ。

岡啓輔。お恥ずかしながらまだパシッと言えるような筋はまだない。
ただ、正しさを装おったような建築にはムカつく。
人間が創りうるモノは、必ず論理的な整合性が破綻している。
そんな半端な建築を生かすには人間が真剣に挑んだ軌跡、作る事自体の悦び、そんなあまりにも人間臭い事がなきゃ駄目なんだ。と思っている。
蟻鱒鳶ルからは丹下健三のクウェート大使館と大江宏のフレンド学園が見える。建築を考えるのにバッチリな環境である。

2011年10月14日金曜日

1014曇り

先週打った型枠を外す。
単純で小さな壁なのだが、この一枚が増えた印象を色々な角度から観察する。
「なるほどこんな感じになったのか〜」
自分が作っているのに自分でコントロール出来ていない何かが溢れている。
次どうしようかと少しだけ考え他の作業に移る。
形は次のコンクリート打ちまでにどうにかしてアヤフヤなまま決定される。
デザインというより盆栽いじりのような感じで進んでいる。