2013年5月9日木曜日

オカペディア2

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2013年5月7日火曜日

坂本一成

昨日、『多木浩二と建築』刊行記念イベント「建築批評の内と外」八束はじめ×坂本一成 in 代田の町家。http://t.co/ky3QNGited http://t.co/7AcF6wxOu0
に参加した。
多木浩二。坂本一成。八束はじめ。
僕がてんで理解出来ていない建築界の御三方。本を読まない僕は、多木さんと八束さんはわからないでしょうがない。でも、坂本さんは学生の頃から気になってしょうがない建築家だ。水無瀬の町家のバサ〜ッとしたコンクリート壁とか興奮したし、でもそれも、たまたまだったかのようにその他にあんな感じはあまりない、だんだんサラッとした感じになるのも何か変化したというより、僕の知らない別の一本筋を感じる。
「興味の無いことは、興味が無いのだから、どうでも良い。そこは一番普通の簡易な方法でやる」という態度が好きだ。
今日の発言で「最初RCで設計したんですが、事情で木造に変わった。でも、設計はほとんど変わらない。三階建てを二階にしたそれでも設計は変わらない」というのがあった。
ガクッとくる気が抜けたような態度の裏っ側に何かある確信的な何かがある。
僕と坂本一成さんは、普通には真逆のような感じだろう。だけど、真逆は一周ぐるっと回って、近しいって事かもしれない。
答えが書いてあるような本は、まだちょっと避けて、ヒントになるような事を書いてあるあたりから勉強しよう。
写真は、代田の町家の主室のテーブル。壁からビュッと飛ばして、天板のハジは薄く削り上げてある。
カッコいいけどさ、これもわかんない。



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2013年5月4日土曜日

そんなに蟻鱒鳶ル好きかい?

作業中、カラスが鳴くので振り向くとまたハクビシンちゃん。
蟻鱒鳶ルに来ようとしてるがまたカラスと対決。
ギャラリーが八人ほど。
カラスが去って、蟻鱒鳶ル電線を渡り出したとこを撮影。
でも、カメラマン岡にビビって去って行く。
今日も警官二人出動、捜索中。ほのぼの。

型枠解体

午前中にこの前打設した壁の型枠の解体をやった。
ふぬ、ふぬ。
なかなか面白い、柔らかい農業ビニールと水糸の組み合わせは当分真剣に遊べるな。
これがバーっと大きな壁に広がったら、ウロコとか、爬虫類の皮膚とか、なにか生物を感じる壁になるだろうな。

陶芸

GW。仕事は休む。
ちあきと陶芸教室に行ってきた。ありがたい事に無料。府中の自心窯。
陶芸などいつ以来だ、どうやって、どんな風に作ろうか、など考える暇もなかった。
椅子に座るとこねた土を渡され作る時間は1時間。
考えてから作るじゃなくって、
手から産みでる形を見ながら、作る。ただただコレを素直に繰り返した。
数時間かけて焼き上げてもらう。
なかなかドキドキな体験、割れないか?釉薬が変にならないか?あーどんなんが出来るんだ!
出来たのはコレ。
灰皿かな〜、なんだろ。
釉薬は、へうげもの読者として織部をかけてみた。

2013年5月1日水曜日

なんで踊ってたんだっけ?

ある年、高山建築学校のコンペで一位になった僕は、その夜、大先生達(倉田校長、鈴木博之さん、木田元さん、丸山圭三郎さん。たぶんこの顔ぶれだったと思う)に怒られた。
「兎に角、学が足りない、大学入れ、東大どうだ」
でも、次の日の朝には「岡、大学じゃないな、何でもいいからお前 自分で決めて建築以外の事をやれ。建築だけ勉強していて建築家になれるほど建築は甘くないぞ」と言われる。
東京に帰ると、和栗さんが「岡くん暇らしいね、舞踏どう?」と誘ってくれ「ハイ、やります」となった。
偶然誘われて踊りだした。と今まで答えてきたけど
あの夜、大先生達の間で「岡に、東大じゃないだろ、舞踏なんかどうだ?和栗君に誘ってみてくれと言っておこう」と話があったんじゃないだろうか?
その方が自然だ、和栗さんもそんなに誰かれ踊りに誘うような人じゃない。まして、運動神経リズム感ゼロみたいな岡を。
大先生達が考えてくれて、ダンドッてくれたんだ。(たぶん、良し、コレを信じた)

僕が建築に踊りの要素を持ち込もうとしている事は、実は、二十数年前に大先生たちが予め描いたことだったんだ。
更に、あの夜「東大だったら、藤森照信くんのトコが良いだろう」と言っておられたのもハッキリ覚えている(僕はその日初めて藤森さんの名前を聞いた、あーもっと有名な建築家の弟子が良いな〜と寝ボケたことを考えながら聞いていた)
それは実現しなかったわけだけど、
藤森照信さんが、今の僕を興味深く見てくれてることも、二十数年前の大先生たちにはわかっていた事なのだろう。「岡と藤森くんは合う」と。

あー!倉田先生に会うまで、誰もオレの事なんか相手してくれなかった、あー!あー!あー!
先生ありがとうございます!!

三四日前に現場でこんなことを考えた。たら泣いてしまった。