日頃、他人の事を「かわいそう」などとちっとも考えない僕でも(奇形児)という言葉は重い。心がざわついた。
テレビは「心臓の中隔欠損が最も多い」と続けた。
はじめて知る。僕は奇形児だったのだ。
ネットで少し調べる「チェルノブイリ ハート」というその頃話題になっていたドキュメンタリー映画は、ズバリそういう映画だった。
心臓病は怖い。
いつも死と共にある。
僕は心房中隔欠損でいくつも穴のあいた虚弱児だった。寝る前に、死のイメージにおおわれて泣きながら母の布団にもぐりこむのは日常だった。
母には、ずっとずっと心配だけかけている。
建築が完成したら、きっと母の長かった心配トンネルが終わる。
そう信じる。
手術のすんだ僕の心臓は快調で「医者が穴を塞いで、毛をはやした」などと友人たちに言われる始末。
原発はやめよう。
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