数年前、高山建築学校があまりにいい加減でグチャグチャと成り、僕の手には負えない状況になり、ここまでかと思い閉校することを半分決意しました。
でもここ数年で、学生時代だけじゃなく、卒業してからも長く高山と真剣に付き合おうとする若い人たちが増えてきて、少しづつ状況は好転し、最近は新しい高山建築学校に脱皮した感じがあります。
去年で、長く続いていた法政大学の高山建築学校事務局も終わり、会計の記録その他の書類が全て僕の元にやってきました。
倉田先生が死んだ夏の高山に集まった全員で二日間話し合いその時決まった事は
「学生主体で高山建築学校を続ける。岡と吉江さんでフォローする。上手く行かなくなったらそこで終わり。高山の資金で母屋を解体して遺族にお返しする」というものだったのですが、
その柱、「学生主体」というモノがここ数年でとうとう終わってしまったのです。
吉江さん、岡崎さん、夏堀くんなど、法政関係で近くにいる人達にはその事を確かめ、それで良いという事でした。
本当は、話し合った全員で「学生主体」という体制をやめて良いか?確かめる必要があると僕は思っているのですが、それをする器量も無く、、すみません。
とりあえず僕のブログに書いてみました。(高山出身者で読んでくれてる人はそこそこいると聞いたので)
意見がある人は言ってください。
もし、重要な意見が出て来たら、話し合う場を作ります。
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